知識社会とは何か?「知ってる人」だけが得をする #お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方

book

Sponsored Link




「お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方」に出てくる節から。

本エントリでは、文中に出てきた「知識社会」について詳しくみていこうと思う。知識社会とは何か。どうすれば知識社会を生き抜くことができるのか。論文で言われるようなニュアンスとは異なるかもしれないが、わかりやすく噛み砕いた表現でまとめていこう。

Sponsored Link



知識社会における選択肢

文中には、知識社会における選択肢として、以下のパターンがあげられている。

  • 知識を獲得するのか
  • 金を払うのか
  • 回り道をするのか

簡単に言うと、目的を達成するための手段をどうするかという話だ。

例えば、自転車が壊れて修理したいと思ったとしよう。この場合、修理の仕方を知っていればすぐに修理できる(知識を獲得済み)。知らなければ、自転車屋に持っていってお願いするか(金を払う)、Youtubeなどで調べながら自ら修理を行うか(回り道)を選択せざるを得ないだろう。

ここで言わんとしていることは、知っていれば支出はせずに済むし、また、それを価値に換えることもできる。「知識」が「価値」にとってかわるということだ。一昔前であれば資本力が全てであっただろうが、今はそうではない。知識がものいう時代(厳密には価値に転換できる知識)になったのだ。

評価経済社会にも通ずる

この知識社会は、最近何かと話題の評価経済社会とも通ずるところがあると思っている。

評価経済社会については、以下のブログにわかりやすくまとめられていたので参考にしていただきたい。

誤解を恐れずに言えば、評価経済社会とは「評価」を「価値」に転換していく社会のことである。これまでだと考えられなかったが、SNSを使えば世界中とも容易に繋がりを持てる今、こういったパラダイムが生まれて、定着しつつある。つい先日リリースされた、polca(ポルカ)も、まさしくこの評価経済社会だからこそ生まれたアイデアだと言えよう。

知識を価値に転換する知識社会と、評価を価値に転換する評価経済社会。

手段は異なれど、最終目的としては同じで、それを価値に転換するところにある。個人の価値が、個人の評価が、価値に変わっていく時代。面白そうではあるが、より一層の格差が生まれる可能性も否定できない。

資本力が不要になるわけではない

間違わないでもらいたいのが、知識社会も評価経済社会も、最終着地点は「価値への転換」。要するに資本力への転換、金である。なので、資本力がものを言わなくなるわけではなく、資本力がなくとも知識や価値を担保に、個人でも容易に資本力を手に入れることができる、ということ。

もちろんその知識、価値が膨大であれば、あっという間に既存の資本力を超える力を持つことも確か。こちらも今話題のVALUを見れば明らかで、個人に何億何十億という評価がついている。システム的に、Facebook、Twitter、Instagramだけで測るのは正直いかがなものかとも思えるが、ここで重要なのはそれを基準に膨大な価値があると評価されていること。

個人の知識、評価が何億何十億にもなる社会。資本があるところに更なる資本が集まっていく、格差社会のキッカケにもなり得る社会。これからはより先を読んで行動する必要がありそうだ。

Sponsored Link




book

\気に入ったらシェア/